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世界の人から学んだ人生に必要な3つのゆとり

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『note』にて「ゆたかさって何だろう」というお題があったので書いてみました。

『ゆたか』とは一般的に「十分にあるさま。満ち足りて不足がないさま。」と説明されています。言い換えれば、人生に必要な『ゆとり』です。
そのゆとりには主に次の3つがあると思います。

『お金』のゆとり
『時間』のゆとり
『心』のゆとり

まずはお金のゆとりですが、日本人のなかには「お金=ゆとり」と口にする事が卑しいと感じる人もいるのではないでしょうか。
しかし、私はゆたかさを生むものとしてお金のゆとりは絶対に必要なものだと思っています。
お金で買えないものがあることは事実ですが、お金が無いと手に入らないものは山ほどあります。

私の祖父母は、戦前の子供時代から決して豊かな方ではありませんでした。
特に祖父は幼いころから母子家庭で、親戚が作った借金の保証人になった事もあり、とても貧しい子供時代を過ごしたと聞いています。

しかし、逆境を糧に子供の頃から働き続け、21歳で起業して祖母と共に成功を収めています。
そんな祖母は全く無駄使いをしない人です。それでも口ぐせのように「お金がないほど惨めなものはない」と言います。

お金は確実にゆたかさを生む大きな要素となるものです。
有り余るお金は不要かもしれません。でも当たり前のことですが、それなりのお金は絶対に必要です。

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日本のゆたかさ

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私は海外を放浪していたこともあり、今まで50以上の国に訪れました。
そのなかで改めて感じたのは、他国と比較して日本は圧倒的に豊かな国だという事です。
生活水準が非常に高く、テクノロジーは世界最先端。
人口が1億以上の国でGDPは世界第3位。

にも関わらず、日本の自殺率は世界でワースト14位ともいわれています。

主な原因は何か。
それは『時間』と『心』の2つのゆとりが足りない事だと思います。

時間のゆとりに関しては日本人が一番わかっている事ですが、大多数の人は余暇が十分にある環境ではありません。
日本は他国と比べても自由な時間が極端に少ない国です。
多少お金があっても、それを使う「時間のゆとり」がないことで「心のゆとり」ももてません。

そのことが最も当てはまるのは日本で働く会社員です。
仕事での失敗は許されず、日々のプレッシャーは大きく、精神的な負担が蓄積されていると思います。
そのうえ、年間を通してリラックスする時間も不十分です。
そんな日々のなかで心のゆとりをもてるどころか、心が蝕まれている人が大勢いるように感じます。

それが一目瞭然なのは朝の通勤電車。
今から戦場へ向かう大半の会社員の顔は、生きているのにすでに死んでいます。
こんな顔をした人達で満員になる電車は、日本以外の国で見た事がありません。

一応私も会社員を経験しているので、その人達の気持ちがとてもよくわかります。
通勤電車のなかでは他のサラリーマンと同じような顔をしていたかもしれません。

やはりいくらお金のゆとりがあったとしても、時間と心のゆとりがなければ「ゆたかさ」は生まれません

西欧人のゆたかさ

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日本と同じような先進国の西欧がなぜ日本よりもライフワークが豊かなのか。
なぜ日本よりも自殺率も低く、充実した日々を送っているのか。
やはり「時間と心のゆとり」の違いだと思います。

例えば、ドイツは西欧諸国のなかで最も日本人に近い感覚や考え方をもっていると思います。
また、経済も日本と非常によく似ており、日本と同じように先の戦争で敗戦国となったにも関わらず、奇跡的な復興を遂げています。
BMWやフォルクスワーゲン、アウディ、ベンツなど、世界的な車やハイクオリティな製品も多く、産業も日本と共通する部分があります。

私が運営するゲストハウスでもドイツ人と接する事がありますが、やはり日本人とドイツ人は非常によく似ていると感じます。
しかし、働くことへの考え方に大きな違いがあります。

ドイツだけに限った事ではありませんが、西欧諸国での労働は8時間が基本であり、朝8時に出勤すれば5時ちょうどに直帰する事が当たり前です。
残りの時間は家族と友人と過ごしたり、趣味に没頭する。
西欧人はそんな時間を一番大切にし、人生を楽しむために働いています。

また休暇に関しては名目の有給ではなく、しっかりと確実に休暇を取れることが当たり前です。
彼らは年間3~5週間の纏まった有給を取得できますが、私の宿に来てくれるゲストのなかにはそれでも休みが少ないという人もいます。

一方で日本人が働く理由は何でしょうか。
もちろん生活をしていくため、家族を養うため、ライフスタイルを良くするために働いています。
しかし、働かなければいけないという義務感をもち、人の目を気にしたり、世間から見放されるという恐怖感によって働いている人も多いのではないでしょうか。
勿論、やりたい仕事をしている人や自分の仕事が嫌いではない人も大勢いると思います。

私の場合は、自分で自由な時間を消滅させていたと思います。
サラリーマンだった時は、もし定時に仕事が終わったとしても上司が仕事をしている場合、なかなか直ぐに帰るとは言えませんでした。
若手がすぐ帰ってはいけないという暗黙のルールがある会社も少なくないと思います。私がいた会社はそうではありませんでした。しかし何故か帰ってはいけないよう気がするのです。
この時間って本当に無駄だったと思います。

これは、私たちが子供の頃から学んできた「目上の人を敬う」という考えと、日本の義務教育などで身につく「同調」を重んじる日本人ならではの感覚ではないでしょうか。
その考え方は、良くも悪くも侍の時代から続く日本人特有の『忠誠心』からくるものだと思います。

私は、ここまで上の命令通りに団体で忠実に従う人々を日本以外に見た事がありません。
その『忠誠心』は時代と共に侍から軍隊へ引き継がれ、戦後は会社や日本社会にも根付いていると感じます。

また、日本人は物事を着実に進めるための準備力が物凄く優れています
多くの人は、あるゆる物事にこれから起こりえる様々なケースを想定して、常に先々の事を考えています。
日本に住んでいると当たり前だと思うような事ですが、これほど準備力が優れた人達がいる国は見たことも聞いたこともありません。

そんな誠実な忠誠心や同調能力、準備力いう日本特有の国民性のおかげで多くのプレッシャーや理不尽な出来事に堪え、目標を達成する事ができるのだと思います。
だからこそ数々のハイクオリティな製品を生み出し、資源がないこの国を潤しているのは確かです。

今回のコロナウイルスのことでもその能力の高さが証明されています。
外出禁止令のような強制力のがない日本の緊急事態宣言に伴う要請のみで、何故ここまで感染者数を抑える事ができるのか。
それはまさに日本人特有の忠誠心、同調能力、準備力があるからです。
おそらく日本以外の国で成し遂げる事は不可能に近いと思います。
海外メディアが「1億を超える人口の国がなぜ?」と取り上げていますが、それは日本だからです。

何より私達がビザなしで世界の国々を気軽に訪問できるのは日本国というナショナリティがあるからです。
個人で何か世界を認めさせる事をしたわけもなく、偉業を達成したわけでもなく、ただこの国に生まれたという幸運があっただけです。

今回のコロナウイルスのことでもその忠実さと能力の高さが証明されています。
外出禁止令のような強制力がない日本において、緊急事態宣言に伴う要請のみで何故ここまで感染者数を抑える事ができるのか。
それはまさに日本人特有の忠誠心、同調能力、準備力があるからです。
おそらく日本以外の国で成し遂げる事は不可能に近いと思います。
海外メディアも驚いて言うようですが、それができるのは日本だからです。

しかし、皮肉にもその国民性や考えによって「時間と心のゆとり」の両方が失われていると感じています。

発展途上国のゆたかさ

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私が日本人に「心のゆとり」がないと感じるのは、東南アジアや発展途上の国を訪れる時です。

彼らに「ゆたかさとは何か」と訊ねると、おそらくほとんどの人が「お金にゆとりがあること」と答えるでしょう。
全員ではないにしろ、大多数は決して豊かではありません。

それなのに屈託のない笑顔がそこら中で溢れています。
日本よりも圧倒的に貧しい国なのに、一般的な日本人よりも幸せそうなのです。

それは些細なことで大笑いし、その瞬間を存分に楽しむ事ができるからだと思います。
日本人の様に常に先々の事を考えるのではなく、いつも『今』を満喫しています。
心を率直に体現することに長けているのだと思います。

彼らは嬉しくなったら笑顔になって、悲しかったら素直に泣いて、嬉しくなかったら嬉しくないことを率直に体現します。
だからこそ様々なストレスが発散されているのだと感じます。

また、思ったことを率直に体現することで、相手にも自分の考えが率直に伝わります。
「相手の考えを読む」という面倒なものがないのです。

彼らが素のままでいられるのは、無駄なプライドをもたない事も理由の一つだと思います。
日本には大昔から「恥」の文化が強く根付いている事もあり、少なからず見栄のようなプライドをもっています。
戦時中の様な「プライドを傷つけられるぐらいなら死を選ぶ」というような考えはないと思いますが、今もその名残はあると感じます。
その意識が自分自身を追い込んでしまうのではしょうか。
自分に誇りに思うことは必要ですが、見栄を張るようなプライドは心のゆとりをもつことを邪魔してしまうものです。

また、発展途上の国や東南アジア、南米の人達は、基本的に自分の事が好きです。
どこからそんな自信が湧いてくるのかと訊ねたくなるほど大好きです。
自分を思い詰めるほど相手のことを考え、気を遣うことはありません。
私はそんな彼らの性格とゆたかさが羨ましくもあります。

彼らと接するなかで自分に自信を持つこと、素のままでいることがいかに大切かを気付かされました。
その自信と率直さが心のゆとりを生み出していると思います。

「我慢や謙遜が美徳」とされる日本では、泣けば弱い人間だと思われ、自分に自信がある事を示せば「何だ?」と思われてしまいます。もし本当にそう思われていないとしても、そう思われるかもしれないという意識に駆られる人は少なくないのではないでしょうか。

それが物事を余計に難しくしてしまっていると感じます。

同調を重んじること

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私の宿に滞在する外国人観光客は、ほぼ全員といっても過言ではないほど「日本人はとても親切だ」と言います。

しかし、日本在住の外国人ゲストのなかには「日本人の国民性や考え方に困惑した」という人も少なからずいます。
彼らいわく、日本生活の初期に直面する問題が「日本人が気分を害していても何故かがわからない」という事です。

話しを聞くと、「気遣いができなかった」ことや「空気を読めなかった」という事が原因です。

日本人のなかは外国に興味がない人も多く、外国人の考え方や空気が読めないことに腹立ちを覚える人もいます。
しかし、彼らは日本で子供時代を過ごして日本式の義務教育を受けたわけではなく、同調圧力を経験した事もなければ、他人に手間を取らせてはいけないという考え方も学んでいません。

日本人からすると「皆がやってるのになんでやらないんだ」と思っている事でも、彼らからすると「なんで皆と同じことをやらないといけないのだろう」と純粋に疑問をもっているのです。

同調は日本の文化でもありますが、子供時代から受けている一種の洗脳でもあるのかもしれません。
しかし、その考え方があるからこそ日本はある程度の秩序や治安が保たれているのは事実です。

どちらが正解なのかはわかりませんが、どちらが良いと感じるかは人によって違うと思います。

ただ、人のことを気にし過ぎる時間は一番の無駄です。

いつ何をしようとしても批判する人は必ずいると思います。
しかし、人が何を言おうと自分がしたいように生きて、もっと自分を率直に表現できるようになれば、必ず心のゆたかさが生まれてくると確信しています。

安定は大事だけど冒険することが大切

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数年前、奈良のお寺で朝のお勤めに参加した事があり、お坊さんからこんなお話がありました。

人間は安定を求める生き物です。でも安定を重視し過ぎて他の事をしなくなっては人生の楽しみ方がわからなくなってしまいます。冒険や違うことをするのも大切なのです。それが心のゆとりになり、心身の健康に繋がる大切な事なのです。

あまりそういう話しや説法に興味がない私でも聞き入ってしまい、とても良いお話だなと思いました。

確かに安定というものはとても大事です。

でも、いつどこで終わるかわからない人生です。
言い換えれば、どうせ終わりがある人生。

「嫌だ」と思い続けるぐらいなら、一度無茶をしてでも思い切ってやりたい事をやってみるのもいいのではないかと思います。

人生は楽しんだもん勝ちだと思っています。

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